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在宅医療を考える – 1

新しい在宅医療ニーズに応えて、
若い医師たちが動き始めた

3人の若手医師が共同経営する千葉県松戸市のあおぞら診療所は、在宅医療サービスを専門としている。病院医療の制約を乗り越え、患者本位の医療のために、24時間対応の診療を続ける。
高齢化社会が進み、在宅医療へのニーズが高まっている中で、最前線の医師からその意義や問題点を聞いていく。

3人の医師で24時間対応

松戸市にあるあおぞら診療所在宅医療サービスを専門とするあおぞら診療所は、千葉県松戸市に1999年6月開院した。ともに東京医科歯科大学出身である、内科医の和田忠志医師(90 年卒)と小児科医の前田浩利医師(89年卒)、内科医の川越正平医師(91年卒)の3人がグループ運営する。地域の診療所に管理者として勤めていた経験の ある和田医師が所長だ。

松戸市にあるあおぞら診療所

「三人とも、それぞれ病院に勤めながら、大学卒業後研修問題に取り組んでいた仲間です。
そうした背景から、病院という場の限界を感じていました。そこにある問題を自分たちで打ち破ってみたい、と考えたのがスタートのきっかけです」
(和田医師)

「たとえ入院している人が在宅療養を希望したとしても、地元でそのケアを引き受けてくれる医療機関はそう簡単に見つけることができません。
そこで、病院で働いた経験のある我々が、地域で患者さんを受け入れる側になって、病院にいて感じていた問題を克服できれば、と考えたわけです」
(川越医師)

「三人に共通しているのは、在宅医療がいちばんローコストで開業できるという点もありました。私の場合、3年くらい前から在宅医療の経験があり、病院だとめったにできない体験の蓄積があったことも大きな要素です。また、小児を対象とした在宅医療がまったくないため、それを手がけたいというふうにも考えました」
(前田医師)

診療は松戸全域を対象にしており、現在訪問している患者は約50人。本年7月まで1年間の通算登録患者は約80人で、約30人が死亡したことになる。死因はほとんどがんだが、このうち20人は最後まで自宅で療養して亡くなっている。様々な事情で、残りの10人は病院のベッドで死を迎えた。
現在の患者のうち70歳以上の寝たきりの高齢者が7割を占める。このほかでは通院が困難な脳梗塞や変形性脊椎症、大腿骨骨折などの疾患が多く、末期がん患者も三人いる。また、脳性マヒや神経難病など、子どもの患者も4人いる。

診療所では「24時間対応」としているので、1人の患者のケアを1人の医師が終始行うことは難しいため、「ゆるやかな主治医制」を採用している。一応それぞれの患者の担当医を決めているが、実際には定期的に代わるがわる訪問診療を行うとともに、毎週カンファレンスで情報交換を行う。夜間や週末はオンコール体制を引き、確実に二四時間対応できるようはかっている。
あおぞら診療所は、和田所長が勤務していた医療法人健和会と「緩やかな協力関係」を保ちながら運営している。同病院は、都内でも有数の在宅患者をかかえており、もちろん在宅医療のノウハウも持っていることから、有益な情報を得られることが多い。

スタートは「病院の限界」から

和田忠志医師

これまでの病院では高齢者や末期がん患者たちの「畳の上で死にたい」という希望をなかなかかなえてあげることができなかった。あるいは病院の中で怒鳴り声 をあげたりする人は「退院してください」といわれるが、自宅では家族を怒鳴っている人はいくらでもいる。そうした「病院という場の限界」を克服したいとい うのが3人の医師たちの共通した願いでもあった。

「たとえは悪いかもしれませんが、病院は監獄と似たところがあります。『起床は×時です』『朝検温があります』『面会時は×時までです』というふうに規制がつきまとう。そうした中で基本的に患者さんは医療者側に従順であることが要求されるわけです」
(和田医師)

「闘病しながら生活するとか、病気と共存するという患者が増えています。ところが、病院に入院していれば酒はもちろん、タバコさえ吸えなくなりつつあるし、ペットなどはもってのほか。こうなると、病院というところは生活という意味では『異常な空間』といえるかもしれない。ただ、『治療に専念する』という意味で、そうした病院の姿は正当化されてきました。ところが、それが慢性疾患になると必然的に『いつまでそういう制限を受け続けなければならないのか』ということになります」
(川越医師)

前田浩利医師

もちろんあおぞら診療所で目指す在宅医療は、患者の「わがまま」に合わせようということではない。もともと患者はそこに住んでいて、普通の生活があって、その中に医療が入り込むのだから、むしろ患者の都合に合わせるのが当然のことと医師たちは考えた。
こうしたことから病院を離れて在宅医療の現場にやってくると、病院の医療と在宅の医療では、発想そのものがまったく違っていることが改めてわかった。その一つは、病院では知らないうちに、病院の事情でいろいろなことが決定してしまうというところである。

「治療方針でさえそういう傾向があるのですから、もっとささやかな部分ではほとんど問答無用で決まっているところが少なくありません。例えば多くの病院では、『点滴は昼間やるもの』というふうになっていますが、それはじつは昼間のほうがスタッフが多いからという病院側の管理体制の都合で決まるわけです。在宅の場合は、患者さんの都合が優先されるので、そんなことはほとんどありません」(川越医師)
広がってきた在宅医療ニーズ
川越正平医師

今日、老人医療費が低廉になり、まるで姥捨山のように病院が使われているという状況がある。そうした中で、お年寄りたち自身には「病院にはいたくない」「自分を大切にしたい」という意識が芽生えてきた。ここに現在、在宅医療が見直される大きな「歴史的必然」がありそうだ。
「50 年くらい前だったら、内科に関しては家でできる診療と病院で行う診療のレベルはほとんど同じだったかもしれません。ところが、その後は病院でできる治療の ほうが明らかに優勢になってきました。在宅は診断確率も低いし、急性期医療も弱いということになると、『在宅で診療するのは犯罪ではないか』という考えも あったかと思います。でも、それは外に出ていかない医師の怠慢ではなく、良心的に医療を考えてのことであったと思います。それに対するアンチテーゼも80 年代から示されるようになりました。

もう1つは現在の高齢者の概念が、かつての高齢者とはまったく異質なものになった。かつては60歳になれば長生きといわれ、50歳でもヨボヨボになる人が珍しくなかったし、寝たきりになった場合は余命が長くなかった。現在では80歳、90歳の超高齢者も珍しくないし、寝たきりになって何年も生る人もいる。そこで、在宅医療への新たなニーズが生まれたわけです」
(和田医師)

「在宅医療へのいちばんのニーズは、患者が通院困難な場合と、『入院がいやだ』というケースです。もちろん入院しなければならない疾病なら別ですが、『身体の自由が効かないから』といって何年間も入院させるわけにはいきません。そうかといって医療を受けなくていいというわけではない。また、家族の援助などで多大な困難を伴いつつ通院というケースもあるもののやはり無理がある。そうしたことから必然的な選択肢として訪問診療が出てきているわけですが、年齢や疾病に関係なく、もっと幅広いニーズがあるはずです」
(川越医師)

一方、医療技術の向上も、広がる在宅医療ニーズを支える要因になっている。例えば高カロリー輸液があり、人工透析もいまや自宅でできる時代になった。酸素療法も人工呼吸器もできる。手術など外科的処置はともかく、内科的治療の8割、9割はできる。入院から在宅に変える場合も、カテーテルの管理など入院中とほぼ同じ治療を続けることが技術的には可能だ。

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小児の在宅医療を手がけたい

在宅医療自体が未発達なので、スタンダードな方法が確立していない。あおぞら診療所ではむしろ、「自分たちがプロトタイプを作る」というパイオニア精神を大切にしているし、そうした診療の中には数々の新しい発見もあるようだ。
「例えば家で療養していて肺炎になったとき、どうやって治療するかという方針が決まっていません。病院であれば、朝と夜、1日2回とか3回、適当に時間を割り振って点滴をしようという指針が出来上がっているので、それに合わせていればいいのです。そのため私たちは、在宅医療の現場で模索しながら、ケースを蓄積しているところです。

病院の常識からいえば,在宅では『奇跡』のようなことがいっぱい起こっています。
総じていうと、『苦痛が少ない』ということをいろいろなケースで経験します。
例えばがんの場合、長生きするほどがんが広がって苦しむわけですが、在宅医療の場合は無理な延命をしない分、寿命が少し短くなるもののより安らかに亡くなることができるといったことがあると思います」
(川越医師)

「私は子どもの医療こそ、在宅が意義を持つと考えるようになりました。
病院だと家族が患者を連れてくるのはたいへんなのですが、医師の側にはその実感がない。
そのために気軽に、『次は××日に来てください』と言えてしまうわけです。
ところが私は、例外的に子供の在宅医療を体験させてもらうなかで、在宅医療の知られざる意義を見つけることができました。
例えば、ある子供の末期の1週間くらいの間、無理を押して病院から自宅に帰した時、とてもいい時間を作ってあげることができたのです」
(前田医師)

往診カバンの中には診療七つ道具が

イギリスで”ホスピスの中のホスピス“と呼ばれるクリストファー・ホスピスを創立したシシリー・ソンダースさんは、「病院と在宅は車の両輪」と当時から いっていた。ホスピス医療の地域性ということを彼女は最初から理解しており、「在宅ホスピス」というものを手がけた。そうした考え方のまったくなかった日 本で、「時代のニーズとして応えていけるものを作り出したい」と前田医師は話すのである。

コ・メディカルとの連携も重要な課題

一方で、あおぞら診療所では、必ずしも「在宅こそベスト」と考えているわけではない。「診断が間違っているのではないか」とか「この疾病は入院が向いている」と判断できるようなケースでは、かなり強力に病院へ行くことを勧めている。

「便に血が混じっていると、病院ではただちに大腸の内視鏡検査となるというケースが少なくありません。患者さんにとってかなり負担の大きい検査なのですが、自然のなりゆきで、そうなってしまうわけです。もちろん在宅ではいきなり内視鏡をしたりすることは絶対ありません。
しかし、それをしたほうがメリットがあると判断すれば我々も病院への入院をお勧めします」
(川越医師)

もっとも在宅医療をしながら入院が必要になった場合、三人の医師たちの責任範囲、守備範囲を越えて、意図していた治療方針とそぐわない場面が出てくるケースもある。
「そこに不信感が生じたりすることがある」(前田医師)ともいう。

「患者さんの経過によって再入院させてもらうというケースなどでは、大見栄切って合同カンファレンスを開くなどということはなかなかできません。主治医に電話で話したり、直接面談に飛び込んでいったりしますが、例えば『点滴をこうして欲しい』と指示するわけにもいきません。
なかなか手が届かないもどかしさもあります」
(川越医師)

看護婦をまじえてカンファレンス在宅医療は病院医療に比べて明らかに精密度が劣る面はある。もちろん患者はそうした犠牲を払っても、「家にいたほうが得るものが大きい」と考えるから在宅医療を選択している。
病院側にもまだ在宅医療への認識が不十分な点が少なくない。在宅でのケアへの準備が不十分なのに、「明日退院するので、よろしく」といきなり病院から自宅に帰されるケースもある。最近ようやく病院側から早めに退院の連絡がもらえるようになってきた。
一方では、在宅医療の利用者の側にも、認識不足が少なからずあるようだ。訪問医をまるで「電話一本で動く手軽な便利屋」のように考えているケースに出会うこともある。

看護婦をまじえてカンファレンス

「いきなり患者さんから『今すぐ来てくれ』といわれることもあります。
手軽な反面、患者・家族の治療への意欲を落としてしまう面がないとはいえない。
あくまでも医学的必要性を吟味した上で対応しています」
(和田医師)

こうしたギャップをいかにして埋めていくかということも、これからの課題だ。
もちろん地域での在宅医療への認知は全体的に高まっており、コ・メディカルとの連携も進んできた。複数の患者について連携しているナースステーションとは、月1回のカンファレンスも行っている。患者の状況に応じて、例えばリハビリに強いナースステーションを選択したり、がんのターミナル・ケアなら24時間対応してくれるナースステーションを選ぶ。
「今とくに求められているのは、理学療法士や作業療法士などのリハビリテーションスタッフとの連携です。脳卒中の発作後のリハビリなどで在宅、理学療法士の潜在ニーズはすごく高くなっています」
和田医師はこのように話すのである。

あおぞら診療所
〒271-0074 千葉県松戸市緑ヶ丘2-337-2
電話047-369-1248