日本の医療には透明性が乏しい
昨年1年間に302件、累計1500件を超える心臓手術(主にバイパス手術)を行い、また医療の情報公開にも熱心に取り組んでいる神奈川県の大和成和病院心臓病センターの南淵明宏医師は、「医療の現場には透明性が乏しい」と指摘する。
「そこで使われている専門用語はあいまいであり、記録の形式も統一されておらず、客観性がありません。医療の現場を観察すると、医者はたとえ同じ専門分野同士であっても、それぞれ狭いムラ社会に凝り固まっていて、『魏志』倭人伝の「倭国分かれて百余国となす」のような状態です。医療の専門家がある医療現場を見たとしても、まるで動物学者が類人猿の生態を観察するようなものです。『あれはいったいどういう意味なんだろう?』とか『今の行動はなんだろう? おまじないだろうか?』といったような、摩訶不思議なシーンをいっぱい見せつけられることになるでしょう」
すなわち、日本の医療は、「標準」や「効率」とはかけ離れているというわけである。ここにこそクリニカルパスが求められる理由があるわけだが、南淵医師はもう一つ、「医療におけるアカウンタビリティ」というものの必要性を提唱している。
アカウンタビリティは、最近経済界でよく聞かれるようになってきた言葉だ。こちらの場合、仕事の発注者や投資家に対して、受注者や事業家が誠実に仕事を進めたかどうかという結果を「きちんと説明する責任」という意味になる。それなら、医療機関におけるアカウンタビリティとは何かといえば、南淵医師は、「検査や治療、手術を受けた時、その内容を説明し、『こういう結果になった』ということをきちんと書面で報告するということ」と説明する。
医療現場で「説明」といえば、いわゆるインフォームドコンセントがかなり広く知られるようになってきた。インフォームドコンセントは「説明と同意」と訳されているように、医師が患者に診断結果を「説明」して、治療方針に「同意」してもらうものと考えられている。そうなると、「診療の結果については患者にも責任がある」ということを患者に認識してもらうことにもなるわけだ。クリニカルパスもインフォームドコンセントを前提として成立する。
ところが、診療の結果については、「どのように処置してどうなったか」という説明、すなわちアカウンタビリティということは、あまり重視されていなかっ た。事前には確かに「こういう検査をしますよ」「こういう治療もしますよ」と、さんざん説明はなされたとしても、結果がよくなかった場合、医療側には「ま あ、見てのとおりです」「ちゃんと説明はしてあったでしょう」という態度が見られがちである。南淵医師は「これではとても患者さんは満足できないはずで す」と話すのである。
こうしたことに対して、同医師は診療の結果をできる限りつぶさに真実を文書で説明し、検査結果のデータや写真も添えて患者や家族に手渡している。たとえ手 術で不幸な結果に終わった場合も、可能な限り手術中のビデオフィルムや資料を家族に渡し、「こうすればよかった」という反省点まで示しているという。同医 師は、このように「見られること」を前提とした報告書を作成することが定着すれば、医療不信が小さくない現代社会において、「信頼回復のための特効薬にな る」と話す。
「現在の世の中はすでに病院余りの時代に入り込んでいて、今後は相互間の競争がもっと激しくなっていくはずです。そうした中で、それぞれが持っている商品 をいかに差別化していくかが問題になるでしょう。病院にとっての商品とはいうまでもなく医療サービスのことですが、これをもっと向上させていく上でもアカ ウンタビリティがより効果的に実践されることが必要になるでしょう。そして、病院にとってのマーケットである患者さんたちには、そうした観点から我々医療 人を評価していただきたいと考えるわけです」
アカウンタビリティは、インフォームドコンセントやクリニカルパスに続き、医療の情報公開のキーワードになるのではないだろうか。
南淵医師の報告書(手術をしないで経過観察となった患者)の例
○○様 ご病状説明
病名:急性大動脈解離(解離性大動脈瘤)
○○様は×年×月×日午後××時、××病院より上記解離にて来院されました。来院時のCTでは上行大動脈から腎動脈分岐部までの解離がみられますが、血栓閉鎖している状態が確認されました。動脈血圧は110mmHg、意識も良好でしたが、○○時××分に心臓カテーテル室搬入時より脈拍の低下、ブロックの状態となり、また心電図で虚血(冠状動脈の血液の流れが障害されている状態)が認められました。
上行大動脈の内腔の径はほぼ正常で大動脈弁閉鎖のないことや壁の不整がないことも確認できましたが、右冠状動脈の血管がやはり障害されている様子です(選択的造影が不可能かつ危険で詳細に抽出できません)。
さらに血圧が徐々に低下し、意識レベルも低下したため、人工呼吸管理とし、昇圧剤の投与を必要としています。血圧低下の原因は不明ですが、ショック状態と いえます。今後の治療方針は現在のところ血栓閉鎖型の大動脈解離に対しては緊急手術より経過観察が妥当であるとの一般的医学的経験則による見解があり、経 過観察といたします。
しかし、今後、血管閉塞部分の再破裂による心停止、解離による気管支、腎臓、肝臓など多岐にわたる多臓器の不全状態の可能性は否定できません。血栓閉鎖部 を含めた上行大動脈径全体の拡大、脳血流の低下、心タンポナーゼ(心臓の周囲に出血して心臓を圧迫する状態)、大動脈閉鎖不全の進行が顕著になった場合、 緊急手術を行うことが妥当と考えられる場合もあります。
上記内容の説明に対し、ご理解いただければご署名ください。