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クリニカルパスを考える – 2

昭和大学病院におけるクリニカルパスの導入の実際

日本の大学の医局講座制には医療の標準化にとって障害となる体質が残されている。そうしたなか、昭和大学病院は「大学病院では珍しい」といわれるほど、クリニカルパスの導入を積極的に進めてきた。
同病院で導入のリーダー役を務めてきた市川幾恵看護副部長と、医師の立場からパスの運営に積極的にかかわってきた救急医学科の弘重壽一医師の話から、クリニカルパスが医療現場に何をもたらしたかを探ってみる。

スタート1年目に全科からパスが提出

市川看護副部長は教育担当だった1996年に、ニューヨークのべスイスラエル病院やマウントサイナイ病院を見学に訪れ、クリニカルパスの実態を知った。この経験から、昭和大学病院としてのクリニカルパス導入の意義を認識したという。

「大学病院は医師の研修の場であり、医師によっていろいろな治療の進め方があって、それに対応して看護というものが成り立っています。そのため、と りわけ 看護業務が煩雑です。そこで、管理者としてはもっと効率的に業務を進め、統制のとれた医療を求めなければなりません。また、そうした方向性が見えないと、 看護婦たちのやりがいにもつながらないわけです。そこで医師に治療の標準化を求めて、それによって看護の仕事も標準化していくことを考えました。さらにそ うしたトレーニングができることによって、日本の置かれる医療事情の中でも有効な手段になるのではないかとも考えたのです」こうしたことから昭和大学病院 では、96年にまず看護主任の研修会などでパスに取り組む動きが始まる一方、医師への働きかけも行われるようになる。当時は各診療科の医師たちにとって は、クリニカルパスという言葉も知られていない時代だったが、先進的な医師たちがこの動きに目を向けた。折から日本の民間病院などでも、クリニカルパスが 医療ケアの効率化に役立っているという報告がされるようになっていた。

市川幾恵看護副部長

こうした背景から98年初め、昭和大学病院では、院長とそれまで準 備を進めてきたメンバーとの話し合いのもと、クリニカルパス運営委員会が発足した。そし て、副院長のもと三二の診療科全部に医師、看護婦、薬剤師、栄養士が参加してパスを推進するプロジェクト・チームが誕生している。副院長から、「11月ま でに各科で最低一つのパスを作るように」と通達が出され、これが達成された。作成されたパスは病院の運営委員会に提出され、有用なものとそうでないもの、 あるいは改定すべき点などが検討されている。

現在、昭和大学病院では各パスにはコード番号がつけられ診療録開示室でパスのデータが収集・分析される。毎年各診療科ごとに個々の各診療者がどのくらいパスを利用しているかというデータが報告されており、さらに活用できるものにすることが目指されている。

患者もパスを求めている

昭和大学病院では2000年度、全部で96種類(内科系疾患35種類、外科系疾患61種類)のクリニカルパスが導入され、新入院患者の37.2% (5680症例)に使われた。また、外来用のパスは50症例、検査部門では7155症例にパスが用いられている。もちろん疾患や診療科によってパスの中身 は大きく異なっている。
「パスは在院日数を減らすことなどがメリットとされていますが、ここは教育機関でもあり、パスは質的な部分で貢献していくということが重視されます。パス が効率化、適正化、標準化という新しい医療に適応するということを確認しようということになっているのです。パスにはそれぞれの医療現場の課題を改善する 個別の目的がありますから、そうした目的を明確にしていけば一つのツールとして役立つことが実感できることになります。
また、パスに向いた症例と向かない症例を選別していくことも課題です」と市川看護副部長はいう。

弘重壽一医師

また、パス運営委員会のメンバーで、救急医学科の弘重壽一医師は同科での運用の様子を次のように話す。
「救急医学で使われているパスは現在、急性中毒のものだけです。多くのパスは時間軸を日にちで考えますが、急性中毒などの急性疾患の場合はあまりにもバリ アンス(不確定要素)が多くて病日では決められません。そこで、患者さんがこの状態までいったら退院というふうに決める『ステップアップ方式』とか『ス テージ式』と呼ばれるパスを用いています。急性中毒では、意識障害で搬入されて気管内挿管をした患者さんの抜管をするという時点が大きなポイントです」
もちろんどんなスタイルであっても、パスの導入効果は大きい。弘重医師はたとえばリスクマネジメントの面をあげている。

「薬物による急性中毒の患者さんが搬入された時でも、パスにしたがい血中濃度、胃液、尿の3種類の検査がきちんと行われ、心電図もきちんととるということで質の向上がはかれます」
昭和大学病院では二十数疾患について、患者に手渡される「患者パス」も使われている。これにしたがい患者間のパスに対する認知度も上がってきた。たとえば 他の医療機関で使われているパスと比較して、「どちらの病院が優れているか」と検討するような例も見られるという。また、同じ病棟の中では、パスが作られ ていない疾患の患者は、パスに従ってケアが進められている患者を羨ましがるという様子も見られるようになっているそうだ。

「クリニカルパスは我々医療サイドの仕事がらくになるからということで作り始めました。ところが患者用パスが利用されているのを見ると、そうではなくて患 者さん中心のケアができるようになるということが大きな特長だと気づいたのです。我々医療者のパスが成熟しないと患者用パスはできないので、さらに現場で 使うパスを充実させていかなければなりません」(弘重医師)

救急センターでもパスが重要。パスを見る弘重医師

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現実的な問題解決法があってもいい

市川看護副部長は、患者パスなどに見られる情報公開には、看護の視点が大きくかかわっていると話す。
「看護婦は医療に関して医師ほど専門性は高くありませんが、患者さんとは医師より接点があります。患者さんやご家族はいろいろな要望を、医師ではなくて看護婦にぶつけてくるわけです。
そのため、看護婦のほうが病態の変化について『患者さんが変わってきた』ということを肌で感じています。そうしたことから看護記録なども患者さんのベッドサイドに置くようになりました。
しかし、医師たちはそうした認識とはずれがあって、『そこまで見せてもらっては困る』という考え方をしがちです。たとえば抗がん剤を使用すれば脱毛することはわかっているのですから、パスに載せてもいいはずですが…」
こうしたこともあって、昭和大学病院においてさえも必ずしもクリニカルパスの導入に積極的な医師ばかりではなかったようだ。
「現状では診療科によって、運用しているパスの数や内容が大きく異なっています。各医局では教授が決定権を握っているので、教授に理解がなければなかなか有効なパスができないわけです」(弘重医師)

一方、市川看護副部長は病院経営の問題とパスの考え方とのずれも指摘している。
「純粋なパスなら『これがいい』というものがありますが、在院日数を短くするといったことだけでは病院にとっての収益をあげていくことが難しくなります。 このことついてクリニカルパスは実践のツールなので、現実的な問題解決法があってもいいのではないかと考えています。たとえば眼科の老人性白内障の手術は 現状では5日間入院が普通ですが、日帰り手術も登場しています。ところが患者さんは日帰りはあまり希望しません。『では3日くらいの入院にしましょう』と いう考え方もあるわけです」
もちろん積極的にパスに取り組む医師や看護婦など、現場でのパスの評価はどんどん上がってきている。市川看護副部長も弘重医師も、同病院のパスの現状について「問題をかかえながらもよく使われているのではないか」と口をそろえた。

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