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患医療徒手リンパドレナージの日本での確立を目指して

19世紀末、脈管学者ドクター・ヴィニヴァーターが提唱し、
30年代にフォダー博士が紹介、50年代にフェルディ博士によりドイツで
治療法が確立されたリンパドレナージ。
その長い歴史と大きな効果にもかかわらず、
日本ではほとんど知られていない新しい治療法と言える。
医療徒手リンパドレナージのドイツでの現状と教育のあり方、
日本の現状と課題、そしてその必要性と今後の期待を
ハンス・ハルトックさんに聞く。

ハンス・ハルトック (Hans Hartogh)
1935年生まれ。57年フィジオセラピスト資格取得。62年来日、東洋医学を学ぶ。63年フォダー博士のリンパドレナージを修得。94年フィジカルセラピーおよびマッサージの学校を設立。現在バーデンヴェルテンベルグ州フィジカルセラピー協会会長、ヨーロッパ・スポーツフィジオセラピー連盟名誉会長、 VPTアカデミーディレクター、後藤学園客員教授。

リンパドレナージとは
リンパ浮腫治療法。マッサージ(徒手リンパドレナージ)と圧迫・皮膚のケア・運動療法の複合処置(複合物理疏泄療法)により効果を発揮する。リンパ浮腫の他に関節手術後の処置、外傷、ズーデックジストロフィー、強皮症、手術後の腫脹、脱臼、リウマチ疾患、打撲、抜歯、下腿潰瘍なども治療の対象とする医療。
リンパドレナージとドイツの現状
後藤
日本でもリンパドレナージが関心を呼ぶようになってきましたが、なぜさきがけてドイツでリンパトレナージの重要性が認識されたのでしょうか。
ハルトック
医師による医療ミスが相次いだことが原因です。現在でも医療現場では間違った治療法が行われています。美容目的の脂肪吸引がドイツでも盛んで すが、その結果重篤なリンパ浮腫を患う患者が増えているのです。脂肪吸引をするのは簡単なように思われていますが、実はリンパ関係の解剖学的知識が要求さ れる難しい手術です。乳がんの手術、乳房の切除手術は組織やリンパ節を念頭におかねばならないため、その場合もリンパドレナージがたいへんすぐれた療法に なるのです。
患者の運動が実って、70年代半ばからリンパドレナージに健康保険が適用されるようになりました。現在、医療徒手リンパドレナージ分野で教育を受けたマッ サージ師、医学的水治療法士が3万から3万5000人います。医療徒手リンパドレナージの資格がないと理学療法士として就職口を見つけることがむずかしい のが現状です。教育機関は15カ所、医療機関は専門のクリニックが4カ所ほど、さらにリンパ管システムの疾患を専門に診療する大学病院が多数あります。
後藤
ドイツの健康保険財政も90年代に危機を迎えたようですが、医療徒手リンパドレナージの保険適用にも影響がありましたか。
ハルトック
現在でも医療保険制度は深刻な財政難の状態にあります。医療支出の大半が病院への支払いです。
今年の7月1日から保険支払いの適用になる病状リストが作成され、発効されます。その病状に合わせて保険が支払われる頻度が明記されています。通常30回までであれば即座に支払いを受けられます。30回を超える医療徒手リンパドレナージの治療についてはそのつど申請を行なうというシステムですが、このリンパドレナージに対しては保険の制限がほとんどなく、例外的な扱いです。他の治療法はたくさん制限がありますが。
後藤
ということは対象になる患者の数が多いことと医療徒手リンパドレナージ治療の有効性が認められているということですね。
ハルトック
たいへんに重要な治療方法として認識されているので、予算削減の対象にならないのです。
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リンパドレナージと日本の現状
後藤
医療としてのリンパドレナージの紹介が日本ではなされていないのが現状だと思います。テキストを日本語に訳そうとしても、日本の医学辞書では適当な訳語が出てこないほどです。美容の分野では、多分フランス語なんでしょうが、いわゆる「リンパドレナージュ」というふうに言われています。日本では美容が先行し、医学分野は少し遅れて入ってきたからです。美容と医学的な差異はどうでしょうか。
ハルトック
大きな違いがあると思います。ドイツにおいては、エステティック分野で、徒手リンパドレナージをしている人は医学的な知識はまったくないと言われています。リンパドレナージという名称を使っていても、彼らは顔面を対象にしているだけなのです。もしエステティシャンが身体に医療徒手リンパドレナージを行なった場合は刑罰の対象になります。
後藤
リンパドレナージは医療ですが、日本ではそのあたりの認識や法整備がまったくできていないのが現状です。
ハルトック
いろいろな分野の業界が参入してくるという危険性は感じています。
気をつけなければいけないのは、素人がリンパドレナージをしたことによって害になるケースが出ることです。専門の知識をきちんと事前に学んだ人が医療徒手リンパドレナージを行なうというのが必須条件です。
こ んな例がありました。ドイツのある理学療法士が日本のシューフィッターを対象に、医療徒手リンパドレナージの講習会をするということを聞きました。足のリ フレクソロジーが専門の方で、ドイツのフェルディ・クリニックにその講習会の許可を求めてきたのですが、フェルディ博士は断りました。フェルディという自 分の名前を講習会で出すことも許可しなかったのです。もし私も同じ立場ならば、正規の医学教育を受けていないリフレクソロジーの人に自分の名前をつけて何 々式リンパドレナージなどという呼称をつけて教えていいという許可は与えないと思います。
後藤
医療過誤に陥らないために正しい教育が大切だと思います。
ハルトック
徒手リンパドレナージは、フェルディ博士が開発し発見したものではありません。世界にはリンパドレナージをやっている方が大勢います。しかしフェルディ博士がリンパ学の権威で治療方法を発展させていったということは明白です。フェルディ・クリニックで学び、日本で初めてフェルディ式リンパドレナージの教員・療法士資格を身につけたのは後藤学園から派遣された卒業生であること、フェルディ式医療徒手リンパドレナージの治療を受けられる唯一の機関も後藤学園附属のクリニックであることをフェルディ博士は認めています。彼は慎重な方なので、自分に教わったからといって、誰にでもフェルディ式という名前をつけてもいいという人ではありません。ですから学園では「フェルディ式医療徒手リンパドレナージ」という言い方をしたほうがいいと思います。
後藤
おそらくいろいろな流れがこれからあるでしょう。日本での呼称は、正確を期すために、「フェルディ式医療徒手リンパドレナージ」という言い方をするつもりです。
ハルトック
エステティックのリンパドレナージと医療としての徒手リンパドレナージはまったく別物であるということを強くアピールするために、徒手リンパドレナージの頭に医療という語をつける必要があります。
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リンパドレナージの教育システム
後藤
ドイツで医療徒手リンパドレナージの専門家になるための教育システムをお話しください。
ハルトック
医療徒手リンパドレナージの講習を受けるためには資格が必要です。フィジカルセラピストの資格、マッサージ師の資格、医学的水治療法士の資 格、これらの資格を得るためには国家試験に合格しなければなりませんが、この3つのうちのいずれかの資格を持っている人のみが医療徒手リンパドレナージの 講習を受けられるのです。
後藤
講習の期間はどれくらいですか。
ハルトック
4週間です。それに修了試験に1日半。試験で3分の1は落ちます。試験に受かって初めて医療徒手リンパドレナージの資格を取得できるのです。
すでにフィジカルセラピストやマッサージの診療所を持っていて健康保険の適用を受けている場合は、合格すると医療徒手リンパドレナージの治療を保険適用で行なうことができます。
後藤
ところで医療徒手リンパドレナージの資格には特別な名称はありますか。
ハルトック
ドイツではリンパドレナージ療法士と呼ばれています。彼らはフィジカルセラピスト、またはマッサージ師、医学的水治療法士ですから、単独のリンパドレナージ療法士はいません。肩書でいえば2つ目3つ目のものです。
後藤
医療徒手リンパドレナージの教員になるためには、どういうシステムがあるのでしょう。
ハルトック
資格取得後二年間は病院で実地研修を積まなければなりません。またその間に医療徒手リンパドレナージ講習会のアシスタントを5回勤め、6ヵ月間専門クリニックで研修生として勤務することが義務づけられています。
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偏見というバリアを払拭することが第一
後藤
日本の医療はリンパドレナージの徒手療法よりも、手術で結果を出そう、リンパ管を作ろう、というような傾向にあります。しかし欧米では20年くらい前からよい手術結果が出ていないということですが、詳しくお聞かせください。
ハルトック
たとえばトンプソン手術という手術方法があります。トンプソン手術は浮腫を解消するために行なう手術です。患部が脚なら脚の全体を切開して、皮下組織をとるやり方です。その時皮下を通っているまだ存在し機能しているリンパ管が破壊され、その結果、かえって重いリンパ浮腫になってしまうのです。現在ドイツではこの手術法は禁止されています。別の方法として、人工の細いチューブをリンパ管のかわりに埋め込む手術も行われました。けれども、やはり結果としては浮腫を悪化させてしまうのです。
乳がんの患者の乳房の切除手術を行う時も、見た目の美しさを配慮するようになりました。今回の日本における講習会の受講生の中にも一人乳房の切除手術を受けた方がいまして、その方の手術跡はドイツでは考えられないような瘢痕でした。ドイツでも、しあのような瘢痕が残る手術をしたら、その手術の担当医は大変なことになります。それほど厳しい規則があります。
後藤
4月8日に東京校で患者さんを対象にしたリンパドレナージの講習会をしていただいたのですが、医療徒手リンパドレナージを行なう時は「猫の手のようなやさしさで患者さんの身体にさわりなさい」ということをおっしゃっていました。日本でも手当てという言い方があり、先生のその言葉が印象に残っております。医療の原点はここにあるのではないでしょうか。
ハルトック
私も学生に対して、もっとも高価で一番重要な道具は人間の手であると教えています。医療徒手リンパドレナージはマッサージ、包帯または圧迫ストッキングの療法、皮膚のケア、運動療法を組み合わせることによってリンパ管の中にある弁の動きを活性化させ、間室にたまっている老廃物をできるかぎり早く排出させ、苦痛を緩和し浮腫を軽くしたり予防することが目的です。ところがリンパ管は皮膚のすぐ近くにあるので、強く押したりするとかえって管を痛めてしまうのです。それで猫の手のように軽くと言いました。
手を別の人の身体におくだけで、すぐにある反応が起きるということはまぎれもない事実です。これは人間の体内の記憶からきているのではないかと思います。子どもが泣いている時に母親がさすったりなでたりしますと、子どもは落ち着きます。同じように患者さんの身体に手をおいて落ち着かせれば、効果があるわけです。
手を使った治療というのは筋肉マッサージのような強い手技を使うものを除けば、感覚あるいはセンスといったものを駆使して、ソフトな形でやっていかなければならないと思います。
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日本の教育現状と将来
ハルトック
後藤学園の佐藤佳代子さんはすべてのカリキュラムをこなして医療徒手リンパドレナージの教員の資格を取得されました。現在学園からは馬渡ちはるさんという方がフェルディ・クリニックに留学中です。彼女が合格すると、2人の医療徒手リンパドレナージの教員が後藤学園のクリニックに誕生します。そうすると来年の3月には、現在アシスタント教員の笹倉淳子さんと荒井恒紀さんは医療徒手リンパドレナージの試験を日本で受けることができるようになるのではないでしょうか。専任教員が四人になれば、医療徒手リンパドレナージの医療体制が整いますね。おそらく学園に対して、他の学校から、医療徒手リンパドレナージの教員を貸してほしいという要望が出てくると思います。
後藤
その場合、どういう点に注意すべきでしょうか。
ハルトック
医療徒手リンパドレナージを教える際、あるいは教わる時もそうですが、双方に医学的な知識が十分にあることが必要です。医療徒手リンパドレナージを広めるためには、優秀な医師との協力がなくてはなりません。
というのは、さまざまな病状が実はリンパ浮腫である場合が多いのですが、日本の医療の現場では認識されていないケースが多いのではないかと思います。フェルディ・クリニックの臨床の場にはさまざまな患者さんがきます。学園のクリニック医師がフェルディ・クリニックに4週間ほど研修医として参加すれば、医療徒手リンパドレナージの実際がより理解できるのではないかと思います。
後藤
ドイツの技術を大切にするシステムと考え方に敬服していますが、今度、学園が開催した講習会も12日間連続の形式で、日本ではめずらしいものです。私はこういう技術の研修は1週間に1回ずつ間をおいてするのではなく、継続して連日行なうことが必要だと痛切に感じました。
医療徒手リンパドレナージ療法士という資格制度はまだ日本にはありませんが、日本で制度ができるならば、マッサージ士、それから理学療法士、これらの人がまず担当者になる候補でしょう。私自身は看護婦も対象になると考えています。ドイツでは看護婦は対象になっていないようですが。
ハルトック
看護婦も解剖学の知識は持っていますが、ドイツでは、医師、フィジカルセラピスト、看護婦、それぞれの分担が厳密に区別されていて、看護婦がフィジカルセラピストなみの詳しい知識を持っているとは思われていません。つまり看護婦は医療徒手リンパドレナージの講習を受ける資格を満たしていないのです。70年代初頭に医療徒手リンパドレナージを受けさせよという看護婦側から働きかけがありましたが、すぐに否認されました。
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リンパドレナージの日本の課題
ハルトック
日本のリンパ学の現状は70年代初頭のドイツの状況ではないかと思います。現在のドイツのレベルまでリンパ学の状況が発展するよう、これからいろいろな努力をしていかなければいけないのではないかと考えます。
インターネットで日本でリンパ学に何らかの形で関与している医師を検索したところ、ドイツよりもかなり人数が多かった。しかし本当に意味でリンパ学に興味があるかどうかはわかりません。治療につかえる医学的知識を持っているのかも不明でした。私の知っている範囲ではリンパ学に深い興味を持っているのは東京在住の医師1人だけです。とはいうもののドイツでもリンパ学に関心を示す医師はそれほどいるわけではありません。私は年に数回リンパ学会議を主催していますが、目的は医師に対して医療徒手リンパドレナージの重要性を訴えることとリンパ学をもっと確立したいからです。
その意味でも、後藤学園に日本で最初の、リンパ学に基づいたクリニックが開設されたということに感動しています。
後藤
おかげさまで、専門家をつくるシステムについては何とか形になり始めました。手術後に重いリンパ浮腫になる可能性があるということを医師や一般の人、患者に啓蒙することはもちろん、医師との連携や協力、健康保険の適用など課題は山積しています。